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万葉歌手、辻友子のブログへようこそ! http://tomoko.ciao.jp
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弦楽器の生演奏はとても好きです。

とりわけ、チェロの響きは、すてきだな、と、思います。


私は、実際に聴いた、ミッシャー・マインスキーと藤原真理さんのファン・・・・

ロストロ・ポーヴィッチさんには、指揮をしていただいたことがあります。

(あまり上手じゃなかった・・・・・)


とりわけ、好きなのは、バッハの無伴奏チェロ組曲・・・・


ヴァイオリンは、時々ギーギーという音が聞こえたりするともう駄目・・・

技術より、「音色」そのものに、魅かれます。それこそ、「音」の「色」ですから

技術は、早期教育や、訓練で、克服できるけれど、「音色」は、出来ません。


音楽はとても不思議です。

「音色」を通して

(私は、上手なのよ!!)とか、

(ちょっと、あなた、出ていってくれない?)

とか、その人の性格や人生が、そのまま伝わってきます。


娘がお宅にお邪魔したこともある、遠山慶子さんが、

草津でセミナーをなさっていたのを、聴きに行きました。

(温泉よかった~)


もう大分お年を召されていて、若い頃のCDのように、

指がくるくると動かなかったモーツァルトのコンチェルトを

聴きました。

私は、若い頃の演奏より、とても好きでした。


やはり、若い頃は、勢いも技術もあるけれど、

性格がさばさばして、結構きつめなのが、

音を邪魔するのです。

お年を召してからのモーツァルトのコンチェルトは

音に対しての愛情や音楽に対しての敬愛の心が

溢れて出ていて、ミスタッチを音楽が越えてしまいます。

要するに、音楽の本質に近づく訳です。

音楽って、やっぱり不思議ですてきです。



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私は、日本語の歌を中心に、ソロ歌手として、

活動している。そのなかでも、とりわけ、

「万葉集」と言う、日本最古(1300年前)の和歌集の

「音」に魅かれて、万葉集の素晴らしさを、「音」や「音楽」を

通して、伝えたいと思っている。


最初は、日本の音大の声楽科に入ると、西洋的発声が、主となり

響きを優先させるために、日本語の語感、とりわけ母音「あ」「い」「う」

「え」「お」の発音が、聞き取りにくく、せっかくの日本語の美しさが

損なわれるのに、疑問を感じたからだった。


今でも言われているが、言語の周波数が、例えば英語と日本語では

まったくかぶらない。

と言うことは、日本人が英語を聞くとき、聞き取れていない

音が沢山あると言う事だ。


でも、これも、今や、違ってきていて、

声帯と言う、ひだが「息」によって振動して発する母音の原音は

何人でも変わらないらしい。

違ってくるのは、その後の、咽喉や胸郭や、頭蓋骨に響かせる時、

また子音に凄く影響する舌の動きで、ちっちゃな声帯で原音として

出来た音の響かせ方の違いにより、母音の響きが違って聴こえて

くようである。


どうしても、薄っぺらな胸の日本人が、大ホールで

声を響かせようとすると、胸郭や咽喉や口腔に負担が掛かるのである。

しかし、これも、オリンピックの選手にアジア人として、金メダルを

取る人が増えたように、食生活・生活形態の変化により、

問題がなくなる日も近いかもしれない。


どちらにしても、私は、私の出来うる限りの勉強をして

「万葉集」と言う大和言葉を、美しく発音する事により、

本来の日本語の美しさを、伝えたい

と、思っている。

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★ 島山を い行き廻れる 川沿ひの 岡辺の道ゆ

  昨日こそ 我が越え来しか 一夜のみ

  寝たりしからに 峰の上の 桜の花は 滝の瀬ゆ

  散らひて流る 君が見む その日までには

  山下ろしの 風な吹きそと うち越えて 

  名に負へる杜に 風祭りせな


★ しまやまを いゆきめぐえる かはぞひの をかへのみちゆ

  きのふこそ わがこえこしか ひとよのみ ねたりしからに

  をのうへの さくらのはなは たぎのせゆ ちらひてながる

  きみがみむ そのひまでには やまおろしの かぜなふきそと

  うちこえて なにおへるもりに かぜまつりせな


★ 島山を行きめぐって、流れる川沿いの丘に続いた道を通って

  昨日こそ、私は越えてきたことです。

  たった一晩のみ、寝泊りしただけなのに、峰の上の桜の花は

  滝の早い流れに、散っては流れて行く。愛しいあなたが、

  (その風景)を見るその日までは、山おろしの風が吹かないように

  と峠を越えて、風の神を祭っている社に祈願をしましょう。

      巻9-1751   高橋虫麻呂

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何度も、書いているけれど、歌うことは何一つ

心にも体にも悪い事が無い・・・と言うのが、

とても素晴らしいと思う。


イタリアで有名なベルカント唱法の指導者に、私はオペラを歌う

歌手の声としての、お墨付きを貰ったし、咽喉専門外来で、声帯を

見てもらったら、グランドピアノ級と言われた。


素材としては、中々良いようだが、それを生かすも殺すも私の

体と心を、いかに自然の状態に戻すかに掛かっている。

都会と言う、極めて不自然な場所で、自分の体や心だけ自然の状態で

いることは、大変に難しい・・・・でも、出来うる限り、体が楽になるように、

心を解放するように、自分の状態を保つように心がける事が、

「自分の本来の声で自分の音楽を歌う」と言う事に繋がって行く。


楽器を弾く人は、楽器を通して自分を表現する。

でも、楽器の前にやはり、自分の体と心をほぐすことが

大切だと思う。そうして、そのほぐれた体と心と、楽器が

一体となるように、訓練する。そうして、「音」を通して

自分の伝えたい「音」や「音楽」も伝わって行くのでは

ないだろうか・・・・・


歌う・・・対面を張って、歌うことは、自分の裸を見せること

と同じである。まず、「声」は「音色」の好き嫌いが、はっきり

する。生声は、どんな難しい曲を歌おうが、名曲を歌おうが

「音色」が自分の好みでなかったら、聴くに堪えない・・・


ホールと言う四角い空間に、お金を払って閉じ込められて

もし、嫌いな声を聞かされたら拷問に等しい・・・


たとえ、凄く有名な歌手で、高いチケットで、マスメディアに

沢山出ていても、自分が好きか嫌いか・・・と言うことが

いちばん大切だと思う。

だから、出来うる限り私のコンサートも、私の歌声を楽しんで

下さる方やほっとする方に来て頂きたい・・・と思う。


聴かずに何も言わないで欲しい・・・また、たった一度では

「声」は、生ものなので、当り外れがある。

リサイタルに興味を持ってくださったら、3回は聴きに来て

いただきたいなぁ・・・と、思う。



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家人の故郷は、日本歌曲「荒城の月」で、有名な

大分県竹田市の 故 滝 廉太郎の住まいの近くである。

「荒城の月」のモデルとなった、岡城趾は、敢えて、

城を再建せずに、城跡と、石垣のみ残している。

家人は高校時代は、良くここに上り、

おにぎりを頬張っていたと聞いた。


私は、城の無い、石垣が好きである。

陳腐な城が建つより、よほど、情感をそそられるからである。

石垣に建てられた、「滝 廉太郎」の、銅像は、いまいち好みでは

ないけれど、そこに吹く風は、とてもさわやかである。


昔、とあるママ友?から、(大分って福岡のどこ?)とか、

(九州なのにほっぺが赤くないのね)などと、言われた。

九州の中の、大都市(だと思っていた)福岡の中心部で育った私は、

福岡市を都会だと、思っていたから、横浜のママ友?の

その言葉にショックを受けた。


横浜に住んで、25年近くなるけれど、今でも横浜を特別に都会だとも

思わない。寧ろ、やたらに、食費が高いし、交通費がかかる。

お金を持っていないと、暮らせない。東京はもっとお金がかかる。


福岡市は、空港が近く便利であった。そのため、ビルの高さに規制が

かかり、高いビルは建てられない。

福岡市の中心部天神界隈は、何でも揃う、

物価の安い暮らしやすいところだった。

それなのに、ビル規制のお陰で、空が広かった。

だから、高いビルで、空が直線的に切り取られる

風景は無く、それも、暮らしやすさの一つの効果

だった。


今、私は、都内を車で乗り回し、横浜はかって知ったる

所となった。その横浜の田舎とまでは、いかない所に

居を構えている。近くのスーパーは結構安いし、

馴染みの野菜やさんも見つけた。

福岡の西新商店街のような所ではないけれど、

暮らしやすい。


福岡市に長く住んだけれど、その中で父の仕事の関係で

3年ごとに転居を繰り返して育ったせいだろうか・・・

どこに住んでも、その場所と

ある一定の距離感を持つようになってしまった。


家人は思いっきり、竹田を愛しているようだが、

私には、そのような郷土愛?が、あまりない。


ただ、一回だけ、私は「ふるさと」を実感して

大泣きしたことがある。

その時、私は感動のあまり、しゃくりあげ、

涙が止まらず、隣に座っていた娘が

「ママ、どうしたの?

大丈夫?」と、心配されるほどだった。

その故郷とは・・・・・(笑わないで欲しい)


「地球」であった。


奇しくも、私が代表を務める、

「国際ボランティア テラの会」の

テラは「地球」という、意味だそうである

(私が、命名したわけではないので、知らなかった)


テラの音・・・(ここでは、そう呼ばせて欲しい)を、

私は聞いた。


宇宙衛星かぐやが、

月に衝突する直前に見た「地球の姿」を

私は見た。


その「地球」の音は、アクア(水)の音であり、

生きているからこその、音であった。


その「地球」の姿は、あまりにも美しく懐かしく

宇宙衛星かぐやの目に、心に、

生きている「地球」への限りない「愛」と、「賛美」を

感じた。

私は地球人なのだ・・・と、心底そう思った。

そして、

私の、故郷は、「地球」なのだと














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