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万葉歌手、辻友子のブログへようこそ! http://tomoko.ciao.jp
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とうとう、師走に入ってしまった。

12月と1月、2月は私の、最も苦手とする月・・・・

12月は、どこも気ぜわしく煩く、ネオンが目にちかちかするから・・・

1月はお正月休みがあるから・・・・

2月は、これからくる、春を前にして、その冬の寒さが、一番

心に堪えるから・・・・


母親からも、田舎嗜好ね・・と言われていた私が、横浜に来て

20年・・最近では東京でもどこでも、車で一人で行ってしまう。

と言うか、東京の電車に未だに馴染めないだけなのだが・・・


そろそろ、白菜も漬けなくちゃ、今年は4玉漬けましょう。

おせちは、みんな嫌いだから、黒豆と煮物と数の子だけ作ります。


お年賀は、出しません。これをお読みの方がいらしたら

ご了解くださいね。

年明けして3月1日に、イギリス館で日本歌曲のコンサートです。

私にとって、それが、年初めでしょうか・・・


あっという間の今年でした。一日が長くて、一年が短く感じてきたら

年を取った証拠ですと、どこかで、聞きましたけど・・・まぁ、

なんとか、楽しく過ごせた今年、来年も進歩しながら楽しく

過ごせますように・・・・

拍手[1回]

その少年は、年のころ、4、5歳・・母と共に佇んでいた。

父親は居るのか居ないのか、はっきりしている事は、カンボジア難民

(移民ではない)で、子どもも母親も、汚れた服を着ていた。男の子の

目は、何かの病気で腫れあがり、多分、医者の治療も受けられないのだろ

う・・それでも、4,5歳児の男の子は、常にハイテンションで明るい

それが、悲しくもあり、またほっとさせられるのであった。


代表は、いつものように、そういう子どもたちに目がいってしまう。

最近は見ただけで、難民なのか、親は居るのか、栄養状態は、

教育は、と、何でも分かるようになってしまった。


衣服も全て支援し終えており、多少のお金しか残っていない。

テラの会の基本方針はお金を渡さないと言う事だが、明らかに

間違いなくその親が子どのために使うとか、はっきりしている

場合は少しだが渡す事もあった。


代表は、片言の英語で話し、子どもにパンか何か買ってあげたいと

伝えた。もうその近辺では、存在感の満ち満ちている代表の顔も

行動も、町の人々は見ており、ホテルの人も非常に好意的である。

これも、テラの会の特徴だ。


母親はそれでも誘拐されるのではと店の外でじっと見ていたが、

代表に手を引かれ、大喜びでその男の子は店について行った。

この年の子どもは色の派手なものが好きである。色が派手である

と言う事は体に悪いと言うことである。代表は子どもの指差す

派手なお菓子は駄目だよと優しく制止し、パンや身になるものをプレゼントした。

それでも、カンボジア難民にとってはご馳走である、買うことが出来ないのであるから・・・


母親のところに連れて戻った代表を見て、母はとても安心したらしい。

代表は、ドラッグストアに行きたいと継げた。タイは日本では買えない

薬が手軽に買えてしまう。それが良くも悪くもあるのだが、目の薬を

買ってあげたかった。ドラッグストアは比較的見つけやすく抗生物質

だろうか、年齢を聞かれて処方された。後、目の塗り薬である。

母親もさぞや、安心したことだろう。


日本人は戦時中も、大和心を持って、水の浄水なども兵士たちが

教えた事を未だに続けている。

非常に、親日的でもあり、中には、一時期流行った、売春ツァー

的なものも未だにある。ただし、悲しい事に日本人の男性は

板についてないのである。何か落ち着かないそわそわした感じ・・

彼女らにとって、日本人はとても楽なお客様らしい。


売春がうんかんぬんは、別にして、彼女たちは生き延びるために

働き、しかも、家族に仕送りしているのだ。東京の私立の女子高生で

売春をしている子も結構いるというが、目的が違う・・・彼女らは

ブランド品や、洋服を買いたくて体を売る・・・それは、魂が穢れる

行為であると思う。でも、生活に迫れ教育も受けられない、国籍も

ない女の子たちが、出来ることは、やはり、売春なのである。

一概に売春と言っても様々な事情がある。売春せずに暮していける

日本女性は幸せである。

しかも、夫の稼ぎを自分のもののようにしている夫人たちも多い。


話がそれたが、その子には代表は二度も会ったらしい。

きっと、あの迫力ある顔と、優しい心のこもった好意をあの、

母子たちは忘れることがないだろう。

そして、思い出や原体験の一つとして、日本の国に親近感をもってくれたら嬉しい。

同じアジアの国民として・・・何しろこれからはアジアの時代であるから・・


それにしても、国会は、なんと世情から浮いているのだろうか・・・

空中分解を望みたい所だ。

時代の変革に取り残されないように、万葉歌手として頑張っていきたい。


テラの会は夜中12時(日本時間で2時)に発ちます。

相変わらず疲れる旅ですね・・・

本当に、今回もまた、充実した活動をありがとうございました。

無事のご帰還と、ご報告を楽しみに致しております、

拍手[1回]

代表とスタッフは、タイのチェンライから、いよいよミャンマーへと

出発した。三等バス・・要するに、一番安いバスである。

35バーツ・・日本円で約100円ほど、それに一時間半乗る。

揺れるなんて表現では足りない乗り心地だったそう・・・

国境のタイ側の川沿いには、以前来た時に、衣服を支援した子どもたちは

見当たらなかった・・代表は、その子たちに再会するのを楽しみにして

いたようだ。そばらく、休んでいると、初めて会う子どもたちが出てきた

・・・女の子は4歳から6歳ぐらい、男の子は6歳から10歳ぐらい・・

今までの子どもたちと違って、自分から物乞いをしてきた。「マネー」

と言う・・・行きかう人々は、みんな無視している。彼らは余計に

大きな声で、しつこく「マネー」「マネー」というのだった。

代表はそういう子供たちの姿を見て、悲しかったようだった。

それでも、貧しいからである。

衣服を支援し、いよいよ、ミャンマーに入国。

民主化が進んでいるせいだろうか・・以前と違い非常に好意的に

スムーズに入国が済んだ。

早速、テラの会は、以前行った、スラムに向かった。

そこのスラムも変わっていた・・立派な建物が出来ていた・・・と

思ったら、入口だけで、中に入ると以前のままだった。

もう一つ、そこはスラムではなかったのだ。ミャンマーの普通の人々が

住んでいる場所だった。でも、テラの会の代表を覚えていた人々が

いた。以前、支援した服を着ている女の子もいる。嬉しい。

みんなでパーティのようなことしていたらしい・・・衣服を渡そうと

すると、「いらない」と言う。貧しいけれど必要でないものはいらない

のである。それで、支援はしなかった。

そこからが、いかにも「テラの会」であった。

偶然にも(いつも・・そうだけれど・・・)そこにいた、青年が

英語が喋れたので、スタッフが様々な事を話していると、タチレクに

どこからも支援を受け事がない、孤児院がいくつかあるという・・・

いつも、こうなのだ。私はこれこそ「奇跡」だと思う。

空中に浮かんだりするようなことは、けして「奇跡」ではない。

大体、空中に浮かんだからどうだっていうのだ。

話がそれてしまった。いつも、導かれるように至極、自然に事は

進んでいく。その青年が案内をしてくれ、バイクタクシーに乗り

その施設に向かう。そこは、ツードラゴン僧院と言って、尼僧さんが

子供たちの世話をしているらしい。勿論、公の機関も民間の機関も

どこも、知らない、だから、どこからも支援を受けたことがない、

孤児院である。最近、テラの会の役割が分かってきたような気がする。

どこからも、だれからも、感心を寄せられない人々や施設・・・そこに

いつも、「国際ボランティア テラの会」は導かれていくのである。

いつものように一人一人に手渡しをして、代表は、もっともっと渡したい

と言っていた。「必ずまた来るからね」一人ずつ握手をし名前を聞いた。

テラの会が見えなくなるまで、子どもたちも尼僧さんもずっと手を振っていた。

次回は、是非私も同行したいと思う。

その青年も、バイクタクシーの運転手まで、荷物を運ぶのを手伝って

くれたり、イミグレーションまで、見送ってくれた。

実に、さわやかな、充実した支援だったと、代表は申しておりました。

豊かな日本、貧しいアジアの国・・・何故か、子供たちの笑顔が多いのは

貧しくてもみなで助け合っている村などです。

ものの豊かさでは、幸せを感じることは出来ない・・何が幸せか・・・

考えさせられます。頭ではなく・・・心で・・・

拍手[2回]

今夜、一人で外食をした。ハンバーグとライスとお味噌汁と

バニラアイスのセットで880円・・・

デパートのイートインである。

「温かいお茶と冷たいお茶どちらにしますか?」

「それじゃあ、温かいお茶で・・・」

丁寧な対応・・お肉が美味しいと評判の店である。値段も安いと思う。

でも、タイのチェンマイのタイ人が行くお店なら、

一人100円から150円で済む。

水は日本なら飲み放題でタダ。でも最近はタイでも、水はタダで

出してくれる店もある。


最初に東南アジアを訪ねたのは、インドネシアのバリ島である。

ホテルは一人2000円ぐらいであっただろうか・・・それでも、

日本人のツアー客が泊まるような、立派なホテルでは全くない。

私は自分が何を感じるか・・・楽しみだった。

バスは大きいけれど、お湯がまともに出ないし、なにやら黒い

物が混じっているし、色も透明ではない。

これは、飲んではいけないと思い、シャワーの時に口を開けないように

気をつけたものだった。虫も勿論いる、ヤモリさんや、インドネシアの

蚊たち、よくわからない虫さんたち、知らない鳥の鳴声・・・

知らない匂い・・日本語はどこからも聞えてこない。

ベットは大きい・・オーストラリア人が多いからだ。

大喜びで一人で転げまわっていた。

毎朝「コピ」(コーヒーのこと)と言うのが楽しかった。

なんて、単純な私・・・

現地のバリニーズと結婚したと言う、代表の知り合いの女性の旦那さんが

バリの小学校に連れて行ってくれた。

それが、初めての私の衣服支援だった。

「テラの会」の写真にも残っている。感動で涙顔で目を腫らした私が

校門の前で写っている写真だ。

今見ると、恥ずかしい・・・と思う。なんて、うすっぺらな感動だろう。

整えられた手配の中で、きちんと制服を着れる子どもたちに衣服支援

する私たち・・・勿論、その子たちもけっして裕福ではないけれど

代表とスタッフがそれからも次々と、戦没者の追悼慰霊と衣服支援を

ほぼ月に一回続けていくうちに、様々な事が見えてきた。その報告を

受け取るたびに、私も、自分の不勉強さ、無知さに気付かされた事が

多々ある。今でもそうである。自分の目で見て足で歩いて、手で運んで

するからこそ、分かること・・・

多分、普通の旅行者は来ても見てない事が、見えてくるようになるのだった。

あれから、何年か経ち、なんとか、活動は続いている。

それは、代表やスタッフの志の高さと強さだろう。


前置きで報告が終わってしまった。次回、活動報告をします。





拍手[2回]

まず、報告その2の訂正です。

荷物は一人30kg持って行ったそうです。

テラの会代表、木村天山氏は、この活動を始めて7年目になりますが、

ほぼ月に一回東南アジアのどこかの国へ、上記の重さの荷物を運び

一泊1500円以内のゲストハウスに宿泊し、一食100円ほどの食事を

し何の伝手もなく、自分の足で、ストリートチルドレンや、

スラムを探して、公の機関や民間の支援の届かない子どもや大人に、

衣類やその他のものを一人一人手渡しています。この活動は、非常に大変

な事です。


しかも、月に一回飛行機に乗るというのは

年をそれなりに経た人にはかなりの、負担が体にかかります。

是非とも、若い方でこの活動に興味がある方は、荷物を運ぶお手伝い

だけでも、してくださるとご自身の、素晴らしい体験にもなることと

思います。

この場で、提案します。



是非、男女を問わず、若い方の力を貸してください。お願いします。



それと、もう一つの訂正は、インパール作戦の追悼慰霊碑のほかに

訪れたのは、藤井松吉さんと言う方の、追悼慰霊碑です。

松吉さんはクリスチャンです。私も以前2回同行させて頂き、

「Pie Jesu]を、歌わせて頂きました。

その頃は、草がぼうぼうでしたが、今回は慧燈財団の小西さんの

努力のお蔭で大変美しくなっていたそうです。


「国際ボランティア テラの会」は、今、メーソートに宿泊して

います。本日、バスで、ミャンマーとの国境に行き、そこを流れる

河の側にいる、難民の方や、子どもたちに衣類を支援した後、

国境をつなぐ橋の中央で、そこで亡くなった多くの戦没者の方に

追悼慰霊を行い、その後、ミャンマー入国、ミャンマー側の

貧しい暮らしの方々に衣類支援をし、再びタイに入国して

メーソートに戻ると言う、ハードな一日です。

恙無く無事活動を終えられますように、お祈りいたします。


東南アジアの多くの国は、少し引っ込むと

道路の整備がなされていませんので、バスに乗っていることが、

大変な体力を要します。移動だけでも疲れるのです。

それから、貧しい方々の集って居る所を自分の足で捜して

そこへ、衣類を持って出向き、こちらから声を懸けて、一人一人

に、衣類やタオルや靴や学用品などを手渡すというのは

大変な労力を要します。何度も言いますが、心からの気持ちがなければ

できない事です。私は、理事として、日本での荷物の保管や年に2回

ほど、同行してお手伝いをさせてもらっておりますが、とても、

全てに同行することは出来ないと思います。


勿論、万葉歌手 としての活動も、ありますので・・・・


しかし、このような活動に、自分の人生を捧げる方がいらっしゃる

と言う事が、私の心に希望を与えてくれます。

私のできうる範囲でお手伝いさせていただける事は、光栄な気持ち

でおります。


今回の旅も、必ずや充実したものとなるでしょう。

本日の報告も楽しみです。

そして、何より子供たちの笑顔が・・・


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