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★ 天皇の 遠き朝廷と しらぬひ
筑紫の国は 敵守る 鎮の城そと
聞しめす 四方の国には 人多わに
満ちてはあれど 鶏が鳴く 東男は
出で向かひ 顧みせずして 勇みたる
猛き軍卒と 労ぎ給ひ 任のまにまに
たらちねの 母が目離れる 若草の
妻をも枕かず あらたまの 月日数みつつ
蘆が散る 難波の御津に 大船に
真櫂繁貫き 朝凪に 水手整へ 夕潮に
楫引きをり 率ひて 漕ぎゆく君は
波の間を い行きさぐくみ 真幸きくも
早く到りて 大君の 命のまにま
丈夫の 心を持ちて あり廻り
事し終わば 障ませず 帰り来ませと
斎いべを 床辺にすゑて 白妙の
袖折り返し ぬばたまの 黒髪敷きて
長き日を 待ちかも恋ひむ 愛しき妻らは
★おほきみの とおのみかどと しらぬひ
つくしのくには あたまもる おさへのきそと
きこしめす よものくにには ひとさはに
みちてはあれど とりがなく あずまをのこは
いでむかひ かへりみせずして いさみたる
たけきいくさと ねぎたまひ まけのまにまに
たらちねのははが めかれて わかくさの
つまをもまかず つきひよみつつ あしがちる
なにわのみつに おおふねに まかいしじぬき
あさなぎに かこととのへ ゆふしおに
かぢひきをり あどもひて こぎゆくきみは
なみのまを いゆきさぐくみ まさきくも
はやくいたりて おおきみの みことのまにま
ますらおの こころをもちて ありめぐり
ことをしおわらば つつまはず かえりきませと
いはいべを とこへにすゑて しろたへの
そでおりかえし ぬばたまの くろかみをしき
ながきひを まちかもこひむ はしきつまらは
★天皇の 遠い朝廷として、しらぬひ筑紫の国を
天皇は 外敵を防ぐ鎮護のとりでとなさり、お治めになる
天下四方の国に 人民はいっぱい満ちているのに
鶏が鳴く東男の国を、敵に立ち向かって
ひるまない勇敢な兵士だとして、労をいたわりなさる。
その任命のままに、たらちねの母の目を離れ、
若草の妻の手を枕とせず、あらたまの月日を過ごしつつ
蘆が散る難波の港で大船に両舷の櫂を一面に貫き
朝凪の海に水手をよび揃え、夕潮の中に、楫を引きたわめて
軍団を率いて漕ぎ出してゆくあなた。あなたは波間を押し分けて
行き、無事に早々と筑紫に着き、天皇の命令のままに丈夫の
心をもって、各地を廻りつづけ任務が終われば支障もなく
帰って来てください。そう願いつつ斎ひべを床のほとりに
据え、白妙の衣の袖を折り返し、ぬばたまの黒髪を敷いて、
長い日々を待ち焦がれているだろう。いとしい妻たちは
大伴家持
巻19-4331
筑紫の国は 敵守る 鎮の城そと
聞しめす 四方の国には 人多わに
満ちてはあれど 鶏が鳴く 東男は
出で向かひ 顧みせずして 勇みたる
猛き軍卒と 労ぎ給ひ 任のまにまに
たらちねの 母が目離れる 若草の
妻をも枕かず あらたまの 月日数みつつ
蘆が散る 難波の御津に 大船に
真櫂繁貫き 朝凪に 水手整へ 夕潮に
楫引きをり 率ひて 漕ぎゆく君は
波の間を い行きさぐくみ 真幸きくも
早く到りて 大君の 命のまにま
丈夫の 心を持ちて あり廻り
事し終わば 障ませず 帰り来ませと
斎いべを 床辺にすゑて 白妙の
袖折り返し ぬばたまの 黒髪敷きて
長き日を 待ちかも恋ひむ 愛しき妻らは
★おほきみの とおのみかどと しらぬひ
つくしのくには あたまもる おさへのきそと
きこしめす よものくにには ひとさはに
みちてはあれど とりがなく あずまをのこは
いでむかひ かへりみせずして いさみたる
たけきいくさと ねぎたまひ まけのまにまに
たらちねのははが めかれて わかくさの
つまをもまかず つきひよみつつ あしがちる
なにわのみつに おおふねに まかいしじぬき
あさなぎに かこととのへ ゆふしおに
かぢひきをり あどもひて こぎゆくきみは
なみのまを いゆきさぐくみ まさきくも
はやくいたりて おおきみの みことのまにま
ますらおの こころをもちて ありめぐり
ことをしおわらば つつまはず かえりきませと
いはいべを とこへにすゑて しろたへの
そでおりかえし ぬばたまの くろかみをしき
ながきひを まちかもこひむ はしきつまらは
★天皇の 遠い朝廷として、しらぬひ筑紫の国を
天皇は 外敵を防ぐ鎮護のとりでとなさり、お治めになる
天下四方の国に 人民はいっぱい満ちているのに
鶏が鳴く東男の国を、敵に立ち向かって
ひるまない勇敢な兵士だとして、労をいたわりなさる。
その任命のままに、たらちねの母の目を離れ、
若草の妻の手を枕とせず、あらたまの月日を過ごしつつ
蘆が散る難波の港で大船に両舷の櫂を一面に貫き
朝凪の海に水手をよび揃え、夕潮の中に、楫を引きたわめて
軍団を率いて漕ぎ出してゆくあなた。あなたは波間を押し分けて
行き、無事に早々と筑紫に着き、天皇の命令のままに丈夫の
心をもって、各地を廻りつづけ任務が終われば支障もなく
帰って来てください。そう願いつつ斎ひべを床のほとりに
据え、白妙の衣の袖を折り返し、ぬばたまの黒髪を敷いて、
長い日々を待ち焦がれているだろう。いとしい妻たちは
大伴家持
巻19-4331