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★ みもろのやま みつつゆけ わがせこが いたたせりけむ いつかしがもと
★ 今しばらく、懐かしい三諸の山を眺めつつお行きなさい。いとしいあの方がお立ちなった
あの山の、神聖な歌詞の樹のもとを・・・・
巻1-9 額田王
この句は、1,2句は、訓読みの例が、40種以上有り、定まった訓読みはありません。
上記は、「萬葉集古義」からのものです。
この句は、斉明天皇が紀温泉(今の和歌山県、湯崎温泉)への行幸の際に、額田王の
作った歌ですが、ちょうど、この行幸の時に、有馬皇子の謀反の事件がありました。
それに、関する、額田王の暗示的要素が、1,2句に含まれていて、それが、敢えて
訓読みを出さない理由だったとも言われています。
コンサート当日・・・ホテルにて、夏用の黒留袖に着替え、ホールへと徒歩で向かう・・・・
夏用黒留袖で、チェンマイの街を歩いた初めての日本人女性ではないだろうか・・・・
南国の夕焼けが顔に照りつける・・・・シミにならないかしらん・・・ちょっと、心配・・・
既に、小西さんご家族がホールにて準備をなさっている。
ホールの方も、ここでコンサートをするのは4回目で、木村先生とも顔見知りのようだ。
第一部は
木村天山先生による舞台です。既にリハーサルの時点で、本番並みに歌われたのですが、
更にパワーアップして、熱唱されました・・・みなさま、本当に心打たれた事と思います。
とりわけ、加藤隼戦闘隊は、私もつい伴奏に熱がこもり、客席からも熱気が感じられました。
第2部は
私の舞台でした。
拍子を取る様に、首を振りながら聞いている人、
懐かしさを顔いっぱいに浮かべて聴いている人・・・さまざまです。
「夕焼け小焼け」と「赤トンボ」を歌ったときに、思わず皆さんもご一緒にと言ってしまいました。
みなさん、どんどん声が大きくなります。
最後はみんなの心が一つになって、「夏の思い出」を歌いました。
但し、これはプロとしてすべき事ではなかったのだと、後で反省しましたが・・・思わず、
ご一緒に・・・と、言ってしまいました。
小西さんご夫妻や、タイの慧燈財団の方など、様々な方のお力添えを頂き、素晴らしい
コンサートが終わりました。
数年前の私は、チェンマイでコンサートで歌うなどとは、思いもよりませんでした。
人生とは不可思議なものですね・・・・
感謝の気持ちでいっぱいです。
タイのホテルや、インターネットの回線の繋がるところで、自分で書込みをしたものを読んでみた。
読んでいるうちに、ハタと気づいた。
自分の文章なのに、実際、私が体験したものとは異なる世界がそこには広がっている・・・・
それは、私のボキャブラリーの無さや、文書の下手な事も原因だが、
もう一つ、大切なことに気付いた。
文章はやはり、文章でしかないのだ・・・言葉やはり、言葉でしかない・・・・体験を超えるもの
には、なり得ない・・・・と言う事だ。
今の時代は、言葉の力が弱いと言われる・・・その時代に育った私だからなのだろうか・・・
私自身が体験したタイ・・チェンマイ・バンコク・そして、山岳少数民族カレン村・・・での
旅は、こんなものではなかった・・・言葉に出来ないものの方が山ほどある・・・・
人は皆・・・現実を越えるものを求めていく・・・典型的なものは芸術だろう・・・・
身近には、テレビも然り、買い物・主婦のランチグルメ・・・そして、文章も言葉も・・・・
でも、あらゆる感情は、深く感じると・・・何故だか・・・言葉に出来なくなる・・・
沈黙してしまう・・・・のだ・・・
だから、私も文章で私の旅は、殆ど表しえてないのだ・・・・悲しい・・・・