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★ 懸けまくも あやに恐し 藤原の
都しみみに 人はしも 満ちてあれども
君はしも 多く坐せど 行き向かふ
年の緒長く 仕へ来し 君の御門
天の如 仰ぎて見つ 畏けど
思ひたのみて 何時しかも 日足らしまつて
十五月の 満しけむと わが思へる
皇子の命は 春されば うえつきが上の
遠つ人 松の下道ゆ 登らして 国見あそばし
九月の 時雨の秋は 大殿の 砌しみみに
露負ひて 靡ける萩を 玉襷 懸けて偲はし
み雪ふる 冬の朝は 刺楊 根張梓を
御手に 取らしたまひて 遊ばしし
わが大君を 烟立つ 春の日暮し
真澄鏡 見れど飽かねば 万歳に
かくしもがもと 大船の ふり放け見れば
白栲に 飾りまつりて うち日さす
宮の舎人も 栲の穂の 麻衣着れば
夢かも 現かもと 曇り夜の
迷へる間に 麻裳よし 城上の道ゆ
角さはふ 石村の見つつ 神葬り
葬り奉れば 行く道の たづきを知らに
思へども しるしを無し 嘆けども
奥処に無み 御袖に 行き触れし松を
言問はぬ 木にはあれども あらたまの
立つ月ごとに 天の原に ふり放け見つつ
玉襷 懸けて偲はむ 畏かれども
★ かけまくも あやにかしこし ふじはらの
みやこしみみに ひとは みちてあれども
きみはしも おおくいませど ゆきかふ
としのをながく つかへこし きみのみかども
てんのごと あおあぎてみつつ かしこけど
おもひおたのみて いつしかも ひたらしまつりて
もちつきの たたはしけむと わがもへる
みこのみことは はるされば うえつきがうへの
とおつひと まつのしたぢゆ のぼらして
くにみあそばし ながつきの しぐれのあきは
おほとのの みぎりしみみに つゆおひて
なびけるはぎを たまだすき かけてしのはし
みゆきふる ふゆのあしたは さしやなぎ
ねはりあづさに おほみて とらしたまひて
あそばしし わがおおきみを けぶりたつ
はるのひぐらし まそかがみ みれどあかねば
よろづよに かくしもがもと おおふねの
たのめるときに なきことふ めかもまとへる
おおとのを ふりさけみれば しろたへに
かざりまつりて うちひさす みやのとねりも
たへのほの あさぎぬきれば いめかも
うつつかもとくもりよの まとへるほとに
あさもよし きのへのみゆ つのさはふ
いはれをみつつ かみはふるり はふりまつれば
ゆくみちの たづきをしらに おもへども
しるしをなみ なげけども おくかをなみ
おほみそで ゆきふれしまつを こととはぬ
きにはあれども あらたまの たつつきごとに
あまのはら ふりさけみつつ たまだすき
かけてしのはな かしこかれども
★ 口で申すも何ともおそれ多い。藤原の都には
たくさんの人が満いているが、皇う方も
多くおられるが、去りまた来る年月を、長く仕えて
来た、このわが君の御殿を、天上のように
仰ぎ見つづけて、恐れ多くはあるが、お頼りに
申し上げて、成人をなさったて、望月のように
満ちたりそうなさるのはいつだろう、
早くそうなさってほしいと思ってきた。
その皇子様は、春になると、殖槻のほとりの
遠い人のを待つ松の下見を通って山に登り
国見をなさり、九月の時雨降る秋の
御殿にの砌に、一面に霧をのせて
靡く萩を、玉襷をかけるごとく
心のかけてお偲びになり、み雪降る
冬の朝は、刺木の楊の根を張る
如く弦を張った梓弓をお手に取って
狩りをなさった。わが大君は
空が曇りこめる春の日とて
一日中真澄鏡のように見飽き
ないので、永遠の後代まで
かくあってほしいと、大船の
如く頼りにしていた時に、
泣いて語るまでに目も迷った
のだろうかと、御殿をふり
仰いで見ると白布で、蔽い
お飾りし、日が輝く宮の
舎人たちも、真っ白で麻の
喪服たちを着ているので、
夢だろうか現実だろうかと、
曇りの夜のように心が
迷っている間に、麻の
裳もよい城上の道を通って
角さわる石村を見ながら、
神々しく神葬りにお送り
申し上げる。私はどう道を
行くか、その方法も知らず
いかに思ったとてその甲斐が
ないので嘆きの果ても知らず
大君の袖が行きふれた松を
ことばを語らぬ木ではあるにしても
あら玉の月を代わるたびに
天上にふり仰ぎ見つつ、玉襷のように
心にかけてお慕いしよう。
恐れ多くはあるが
巻13-3324
都しみみに 人はしも 満ちてあれども
君はしも 多く坐せど 行き向かふ
年の緒長く 仕へ来し 君の御門
天の如 仰ぎて見つ 畏けど
思ひたのみて 何時しかも 日足らしまつて
十五月の 満しけむと わが思へる
皇子の命は 春されば うえつきが上の
遠つ人 松の下道ゆ 登らして 国見あそばし
九月の 時雨の秋は 大殿の 砌しみみに
露負ひて 靡ける萩を 玉襷 懸けて偲はし
み雪ふる 冬の朝は 刺楊 根張梓を
御手に 取らしたまひて 遊ばしし
わが大君を 烟立つ 春の日暮し
真澄鏡 見れど飽かねば 万歳に
かくしもがもと 大船の ふり放け見れば
白栲に 飾りまつりて うち日さす
宮の舎人も 栲の穂の 麻衣着れば
夢かも 現かもと 曇り夜の
迷へる間に 麻裳よし 城上の道ゆ
角さはふ 石村の見つつ 神葬り
葬り奉れば 行く道の たづきを知らに
思へども しるしを無し 嘆けども
奥処に無み 御袖に 行き触れし松を
言問はぬ 木にはあれども あらたまの
立つ月ごとに 天の原に ふり放け見つつ
玉襷 懸けて偲はむ 畏かれども
★ かけまくも あやにかしこし ふじはらの
みやこしみみに ひとは みちてあれども
きみはしも おおくいませど ゆきかふ
としのをながく つかへこし きみのみかども
てんのごと あおあぎてみつつ かしこけど
おもひおたのみて いつしかも ひたらしまつりて
もちつきの たたはしけむと わがもへる
みこのみことは はるされば うえつきがうへの
とおつひと まつのしたぢゆ のぼらして
くにみあそばし ながつきの しぐれのあきは
おほとのの みぎりしみみに つゆおひて
なびけるはぎを たまだすき かけてしのはし
みゆきふる ふゆのあしたは さしやなぎ
ねはりあづさに おほみて とらしたまひて
あそばしし わがおおきみを けぶりたつ
はるのひぐらし まそかがみ みれどあかねば
よろづよに かくしもがもと おおふねの
たのめるときに なきことふ めかもまとへる
おおとのを ふりさけみれば しろたへに
かざりまつりて うちひさす みやのとねりも
たへのほの あさぎぬきれば いめかも
うつつかもとくもりよの まとへるほとに
あさもよし きのへのみゆ つのさはふ
いはれをみつつ かみはふるり はふりまつれば
ゆくみちの たづきをしらに おもへども
しるしをなみ なげけども おくかをなみ
おほみそで ゆきふれしまつを こととはぬ
きにはあれども あらたまの たつつきごとに
あまのはら ふりさけみつつ たまだすき
かけてしのはな かしこかれども
★ 口で申すも何ともおそれ多い。藤原の都には
たくさんの人が満いているが、皇う方も
多くおられるが、去りまた来る年月を、長く仕えて
来た、このわが君の御殿を、天上のように
仰ぎ見つづけて、恐れ多くはあるが、お頼りに
申し上げて、成人をなさったて、望月のように
満ちたりそうなさるのはいつだろう、
早くそうなさってほしいと思ってきた。
その皇子様は、春になると、殖槻のほとりの
遠い人のを待つ松の下見を通って山に登り
国見をなさり、九月の時雨降る秋の
御殿にの砌に、一面に霧をのせて
靡く萩を、玉襷をかけるごとく
心のかけてお偲びになり、み雪降る
冬の朝は、刺木の楊の根を張る
如く弦を張った梓弓をお手に取って
狩りをなさった。わが大君は
空が曇りこめる春の日とて
一日中真澄鏡のように見飽き
ないので、永遠の後代まで
かくあってほしいと、大船の
如く頼りにしていた時に、
泣いて語るまでに目も迷った
のだろうかと、御殿をふり
仰いで見ると白布で、蔽い
お飾りし、日が輝く宮の
舎人たちも、真っ白で麻の
喪服たちを着ているので、
夢だろうか現実だろうかと、
曇りの夜のように心が
迷っている間に、麻の
裳もよい城上の道を通って
角さわる石村を見ながら、
神々しく神葬りにお送り
申し上げる。私はどう道を
行くか、その方法も知らず
いかに思ったとてその甲斐が
ないので嘆きの果ても知らず
大君の袖が行きふれた松を
ことばを語らぬ木ではあるにしても
あら玉の月を代わるたびに
天上にふり仰ぎ見つつ、玉襷のように
心にかけてお慕いしよう。
恐れ多くはあるが
巻13-3324