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いつものように、ラチャダで飛行による疲れは
取れなかったが、マンションアパートをタクシーで
出発した途端、気分が良くなったのは、
不思議だった。「気」というものは、侮れないものである。
国内線で、いよいよ、メソットへ向かう。
プロペラとエンジンの半々の小さい飛行機だ。
プロペラだと、落下しても、徐々に落ちて行くから
いいですね・・・などと、木村氏と話しながら
狭い機内に座った。
一時間ほどの飛行で、
いよいよ、今回の旅の大切な目的地である
メソットの飛行場に到着。
辺りは、丘と木・・・なんとものどかな風景である。
飛行場には、今回、多大なお世話をしていただくことになる
S氏と、次女の方が、わざわざ迎えに着てくださっていた。
「テラの会」は、東南アジアの15カ国以上を廻り、旅慣れしているとは
いっても、難民支援は当然辺鄙な場所が多いので、
現地の日本の方に、好意的に手伝っていただけることは、
本当に、我々も心強く、嬉しい気持ちになる。
2月の難民支援から、9ヶ月ぶりのS氏とそのご家族との再会を
お互い心から喜びながら、S氏の用意してくださった車で
ホテルへと向かった。
ホテルも、何回も泊まったホテルである。
一泊300バーツ(今は、円安なのが、貧乏な「テラの会」に
とって、今回はきつかった)日本円で、約1000円である。
しかし、さすがに、このホテルも古くなり、次回から
変えようと言う事になった。
何しろ、水シャワーで、しかも、まともに水が出ないのである。
部屋だけは広々として天井が高いのが救いだった。
S氏ご家族と、近くで簡単な食事を済ませ、
いよいよ、明日の難民支援の為の本格的な
最終打ち合わせを、済ませた。
S氏は、ご家族総出で丸一日手伝ってくださると、
快くおっしゃってくださった。何より、心強く、本当に
ありがたいことだと、しみじみと感じた。
我々の活動を、認め解ってくださる事が何より嬉しかった。
S氏によると、ミャンマーのミャワデーの寒村は、何もかも
足りないし、無い、と言う事だったので、
お菓子の卸しの店で、ビスケットの大きな缶を2箱、インスタントラーメンを
4箱、ジュースを50本ほど買いに行った。
明日に備え、早々と床に着いた。
明朝は8時出発である。
ここまで、えんやこらと持ってきた、一人40kgの荷物と
前もって、船便で送っておいた、7箱もの衣類やタオルや靴
そして、現地調達した、ビスケットとインスタントラーメンとジュース
・・・明日は、それを全て、S氏の用意してくださったトラックに積んで
S氏のご家族と共に難民支援活動に向かう。
活動に備え、早々と床に着いた・・・と、言っても、毎日、早々と
床に着くのが、支援活動に行っている時の生活である。
明日は、タイのメソットで5箇所、そして、更にミャンマーに入国し
ミャワデーの、はずれの村?ともいえない、貧しい人々の住んでいる
所での支援・・・何時に終わるのか検討もつかない。
上手く支援できればいいけれど・・・緊張を感じながら、眠りに着いた。
取れなかったが、マンションアパートをタクシーで
出発した途端、気分が良くなったのは、
不思議だった。「気」というものは、侮れないものである。
国内線で、いよいよ、メソットへ向かう。
プロペラとエンジンの半々の小さい飛行機だ。
プロペラだと、落下しても、徐々に落ちて行くから
いいですね・・・などと、木村氏と話しながら
狭い機内に座った。
一時間ほどの飛行で、
いよいよ、今回の旅の大切な目的地である
メソットの飛行場に到着。
辺りは、丘と木・・・なんとものどかな風景である。
飛行場には、今回、多大なお世話をしていただくことになる
S氏と、次女の方が、わざわざ迎えに着てくださっていた。
「テラの会」は、東南アジアの15カ国以上を廻り、旅慣れしているとは
いっても、難民支援は当然辺鄙な場所が多いので、
現地の日本の方に、好意的に手伝っていただけることは、
本当に、我々も心強く、嬉しい気持ちになる。
2月の難民支援から、9ヶ月ぶりのS氏とそのご家族との再会を
お互い心から喜びながら、S氏の用意してくださった車で
ホテルへと向かった。
ホテルも、何回も泊まったホテルである。
一泊300バーツ(今は、円安なのが、貧乏な「テラの会」に
とって、今回はきつかった)日本円で、約1000円である。
しかし、さすがに、このホテルも古くなり、次回から
変えようと言う事になった。
何しろ、水シャワーで、しかも、まともに水が出ないのである。
部屋だけは広々として天井が高いのが救いだった。
S氏ご家族と、近くで簡単な食事を済ませ、
いよいよ、明日の難民支援の為の本格的な
最終打ち合わせを、済ませた。
S氏は、ご家族総出で丸一日手伝ってくださると、
快くおっしゃってくださった。何より、心強く、本当に
ありがたいことだと、しみじみと感じた。
我々の活動を、認め解ってくださる事が何より嬉しかった。
S氏によると、ミャンマーのミャワデーの寒村は、何もかも
足りないし、無い、と言う事だったので、
お菓子の卸しの店で、ビスケットの大きな缶を2箱、インスタントラーメンを
4箱、ジュースを50本ほど買いに行った。
明日に備え、早々と床に着いた。
明朝は8時出発である。
ここまで、えんやこらと持ってきた、一人40kgの荷物と
前もって、船便で送っておいた、7箱もの衣類やタオルや靴
そして、現地調達した、ビスケットとインスタントラーメンとジュース
・・・明日は、それを全て、S氏の用意してくださったトラックに積んで
S氏のご家族と共に難民支援活動に向かう。
活動に備え、早々と床に着いた・・・と、言っても、毎日、早々と
床に着くのが、支援活動に行っている時の生活である。
明日は、タイのメソットで5箇所、そして、更にミャンマーに入国し
ミャワデーの、はずれの村?ともいえない、貧しい人々の住んでいる
所での支援・・・何時に終わるのか検討もつかない。
上手く支援できればいいけれど・・・緊張を感じながら、眠りに着いた。