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万葉集を歌う歌手活動の傍ら、
国際willボランティア テラの会の代表も
務めさせて頂いている。
主宰者とスタッフは、今までほぼ月に一回、
東南アジアの、戦没者の追悼慰霊活動と、
難民、貧民、ストリートチルドレン支援活動を
続けてきた。
私は、代表として、ミヤンマー難民支援及び、インドネシア
での支援活動に年に1~2回赴いている。
又、国内支援(乳児孤児院・震災支援・生活困窮者支援)は、
常時行っている。
今回の、東日本大震災は、本当に、甚大な被害を被った。
親や子や家を一瞬のうちに予想もせずに失い、残された家族の思いは、
私には、簡単には想像が付かない。
テラの会スタッフは早速、現地視察に伺い、たまたまご縁のあった
宮城県東松島市の塩釜に、子供服や学用品を送った。
毎日、約ひと月ほど送り続けた。
テラの会の基本理念は「必要な人に、必要なものを」である。
出すぎた真似もしない。押し付けもしない。自分たちが
出来る事を心がけている。
震災で辛かろう、可哀想そうに、と、思う事も、
私には出すぎた思いに感じられる。
歌手である私には何が出来るのだろう。
必要とされたら、すぐにでも、行きたいと思う。
国際willボランティア テラの会の代表も
務めさせて頂いている。
主宰者とスタッフは、今までほぼ月に一回、
東南アジアの、戦没者の追悼慰霊活動と、
難民、貧民、ストリートチルドレン支援活動を
続けてきた。
私は、代表として、ミヤンマー難民支援及び、インドネシア
での支援活動に年に1~2回赴いている。
又、国内支援(乳児孤児院・震災支援・生活困窮者支援)は、
常時行っている。
今回の、東日本大震災は、本当に、甚大な被害を被った。
親や子や家を一瞬のうちに予想もせずに失い、残された家族の思いは、
私には、簡単には想像が付かない。
テラの会スタッフは早速、現地視察に伺い、たまたまご縁のあった
宮城県東松島市の塩釜に、子供服や学用品を送った。
毎日、約ひと月ほど送り続けた。
テラの会の基本理念は「必要な人に、必要なものを」である。
出すぎた真似もしない。押し付けもしない。自分たちが
出来る事を心がけている。
震災で辛かろう、可哀想そうに、と、思う事も、
私には出すぎた思いに感じられる。
歌手である私には何が出来るのだろう。
必要とされたら、すぐにでも、行きたいと思う。
★ しなが鳥 安房に継ぎたる 梓弓 周淮の珠名は
胸分けの 広き我妹 腰細の すがる娘子の その姿の
きらきらしきに 花のごと 笑みて立てれば
玉桙の 道行き人は 己が行く 道は行かずて
呼ばなくに 門に至りぬ さし並ぶ 隣の君は
あらかじめ 己妻離れて 乞はなくに 鎰さへ奉る
人皆の かく惑へれば 容艶きに 縁りてそ妹は
たはれてありける
★ しながとり あほにつぎたる あづさゆみ
すゑのたまなは むなわけの
きらきらしきに はなのごと えみてたてれば たまほこの
みちゆきひとは おのがゆく みちはゆかずて
よばなくに かどにいたりぬ さしならぶ となりのきみは
あらかじめ おのづまかれて こはなくに かぎさへまつる
ひとみなの かくまとへれば かほよきに
よりてそいもは たはれてありける
★ しなが鳥の安房につづく、梓弓の末ー周淮の珠名は
、胸の豊かな女性で、すがる蜂のように、細くくびれた
腰を持つ娘でした。その姿の美しさは、花が咲いたようで
微笑んで立っていると、玉ほこの道を行く人は、自分が
行くはずだった道を行かずに、呼びもしないのに、娘の
門にやって来た。家続きの隣のあるじは、前もって、妻と
別れて、頼みもしないのに、鍵を奉るほどであった。
日とはみんな、このように惑わされて、美貌にかまけて、
娘は淫らに振舞っていたと言う事である。
巻9-1738 高橋虫麻呂
以前とある、団体でまさに、このような出来事に遭遇しました。
男性は、本当に、この長歌のように、その女性に近づいて行くのです。
全く持って、1300年前と現代の男性諸君も変わっていない・・・・
嘆かわしい・・・
胸分けの 広き我妹 腰細の すがる娘子の その姿の
きらきらしきに 花のごと 笑みて立てれば
玉桙の 道行き人は 己が行く 道は行かずて
呼ばなくに 門に至りぬ さし並ぶ 隣の君は
あらかじめ 己妻離れて 乞はなくに 鎰さへ奉る
人皆の かく惑へれば 容艶きに 縁りてそ妹は
たはれてありける
★ しながとり あほにつぎたる あづさゆみ
すゑのたまなは むなわけの
きらきらしきに はなのごと えみてたてれば たまほこの
みちゆきひとは おのがゆく みちはゆかずて
よばなくに かどにいたりぬ さしならぶ となりのきみは
あらかじめ おのづまかれて こはなくに かぎさへまつる
ひとみなの かくまとへれば かほよきに
よりてそいもは たはれてありける
★ しなが鳥の安房につづく、梓弓の末ー周淮の珠名は
、胸の豊かな女性で、すがる蜂のように、細くくびれた
腰を持つ娘でした。その姿の美しさは、花が咲いたようで
微笑んで立っていると、玉ほこの道を行く人は、自分が
行くはずだった道を行かずに、呼びもしないのに、娘の
門にやって来た。家続きの隣のあるじは、前もって、妻と
別れて、頼みもしないのに、鍵を奉るほどであった。
日とはみんな、このように惑わされて、美貌にかまけて、
娘は淫らに振舞っていたと言う事である。
巻9-1738 高橋虫麻呂
以前とある、団体でまさに、このような出来事に遭遇しました。
男性は、本当に、この長歌のように、その女性に近づいて行くのです。
全く持って、1300年前と現代の男性諸君も変わっていない・・・・
嘆かわしい・・・