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万葉歌手、辻友子のブログへようこそ! http://tomoko.ciao.jp
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★ おおきみの みことかしこみ かなしいもが

    たまくらはなれ よだちきのかも

★ 天皇のご命令、畏れ多く、愛しいあの子から、

   離れがたく、夜に発って来たことです。

     巻14-3480   東歌(防人の歌)

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次女が、ドイツより、帰国した。

忙しくて、帰る日もよく把握できていなかったが、

アムステルダム経由だったので、アムステルダムの

空港から、スカイプで話した。

便利な世の中になったもんだ。


家の近くの駅まで、迎えに行った。

「おかえり」と一言だけ言って、

何も会話はしない。

お風呂にゆっくり浸かりたいだろうと、

「お風呂入れたよ」と、声を掛ける。

「うん、ありがと」


そのまま、私は自室に戻り、仕事をしていた。

そのうち、娘の事を忘れてしまい、

慌てて、一階に降りると、

お風呂から出た、濡れた髪のままでソファーで寝ている


「風邪ひくよ」と、タオルケットを一枚掛けた。

「何か食べる?」

「うん、おなか空いた」

「何食べたい?」

「美味しいもの」

(こやつは、いつもこういう返事しかしない)


買い物に行く。

ありふれた家庭の食材を買って、帰った。

そのうち、長女一家も来る。

(大目に買っておいてよかったわ)


みなは食事をし、私は、なんだかんだと

台所でまだ料理を作っている。

車だからビールが飲めないよ~と長女が嘆く。

そのうち、家人が帰宅。

メールしたんだから返事ぐらいしてよ、と怒られる。

忙しくてメールなんか見てない。


私以外で、ドイツの話や、最近の報告で盛り上がっている。

一人で、合間にそそくさと、食べた。

母親と主婦はこんなもの・・・






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抑うつ神経症・不安神経症・パニック症・不眠症が、最悪に酷かった時は

食いしん坊の私が、味覚がなくなった。

何を食べても味がしないのである。

なんと、淋しいことであろうか・・・・・忘れられない。


今日の夕飯は、テラの会 主宰者の木村氏の実家から

毎日のように、送られて来る、とんでもなく新鮮な海の幸の

一つ、カレイを、氏がさばいて、干物にしてくださったもの。

冷奴・苦瓜の味噌炒め・自家製糠漬けに、頂いた手作りの

梅酒・・・一人でまたまた、悦に行って、食した。

カレイは、家人の分も、と思い頂いた三枚全部焼いたが、美味しくて

一人で全部食べてしまった。


ホタテは、新鮮なものを頂いて、刺身にして、私は食したので、

家人の為に残りを、お酒とお醤油に漬けておいた。

私が、食べ終わって寛いでいたころ、帰宅したので、

ホタテのひもと、ホタテを櫛に刺して焼いた。

これは、いまいち失敗した。

醤油辛いといわれた。

そっか、お酒だけに漬けておいて、焼く前に、ちょっとお醤油を

垂らすぐらいでよかったのだ・・・あ~あ、勿体無い・・・

まっ、何事も経験だ。


凄く高い、フランス料理フルコースに、聞くだけで

目の玉が飛び出そうな値段のワインをいただいたことがある。

美味しかった・・・でも、銀座の高級レストランで、

私は、ぶっ倒れてしまった・・・・

我が家には無いようなふかふかのソファで、

横になり、お店のソムリエの方に介抱していただいた・・・

いくつかの、有名店ですんごく高いフランス料理と

ワインをいただいたが、全部の店で倒れた。

どうしてかしらん・・・・


タイのバンコクで、泊まった、とある安ホテルは、

アラブ人と黒人が集まっている界隈・・・・

二の腕には、刺青をしている黒人さん達が

ウロウロしていた。勿論、日本人など見かけもしない。

そこで、アラブ人が経営しているカレーの店に

行った。めちゃ美味しかった。

テラの会の活動の為に行ったので、

勿論、高い店ではない。屋台ではないので、

テラの会の食事としては、贅沢な部類。

イスラムの女性達が、すてきな雰囲気の衣装で

カレーを食している。

英語だかなんだか分からないけれど

並べてある、様々な種類のカレーを見て指差して頼む。

何の肉?とか、野菜は何が入っているの?とか、

聞いて、メンバーがそれぞれ選ぶ。

ナンもたのむ。一枚がとても大きい。

大好きなマンゴーとココナッツも、日本と比べたら、

安いもんだ。

なんてたって、美味しいのだ。


チェンマイに、テラの会の活動の為に行っていた時

夜は、少数民族の女の子が働いていた屋台ともいえない

ような道端で、麺を食した。美味しかった。

私から見たら、とても幸せとは見えない、15歳ぐらいに

なるかならないか・・・その女の子は澄んだ瞳でニコニコ

笑いながら、働いていた。自分と家族が食べる為に・・・

一生懸命に・・・


「幸せは自分の心が決める」


と言う、言葉があったが、

その女の子は、きっと自分が幸せかどうかも考える暇も無く、

ただ一生懸命に、ニコニコ笑って働いていた。


「生きる」ってそんなものだよね・・・、と思う。

私も、あの子のように生きたい。

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「国際ボランティア テラの会」の主宰者である木村氏から

束ねて焼いても、まだいるソプラノと言われた。

随分と、過激な酷いことを言う人だと思ったが、

考えてみればその通りである。


子育てのころ、福岡放送NHKの6時からのゴールデンニュースタイムの

アナウンサー試験に、300人中一人通った。

28歳だった。

これが、最後のチャンスだと思って、NHkのスタッフから、これから、

頑張っていきましょう!!と、話したばかりだった。

が、何と、その後、次女の妊娠が発覚した。


仕事は、出勤は10時から、しかし、ニュースが終わる

7時から、反省会があり、早くても、帰宅は8時。

実家の近くだったが、3歳の娘を8時まで毎日、

預けっぱなしは、考えられなかった。


色々悩んだ末に、断腸の思いで止める事にした。

アナウンサーの代わりは、いくらでもいるけれど

母親の代わりは、いない。と言うのが決心の

理由だった。


私の次に合格した23歳の若い女性が

私の担当するはずだった、6時からのニュースに出ていた。

年齢的に最後のチャンスだったのに・・・

正直、決めたこととは言え

、しばらく、ニュースを見たくなかった。

四日間、泣き続けた。


そんなこんなで、時は過ぎ、子供も成人し、

あるご縁があって、舞台で歌を歌い、朗読や

朗誦をするようになった。

ラジオのパーソナリティーもした。


選ばれたなどと言う、「意識」もない。

なるようになっただけ・・・である。


いま、私は、束ねた焼いてもまだいる

ソプラノ歌手で、万葉集を歌っている。


その当時は考えも及ばなかった、

難民衣服支援もご縁があって

やっている。


人生、どうなるか分からない・・・だから

面白い。。。と、、思いながら生きていたい。


どんな人生も苦労もあれば喜びもある。

なるようにしかならない、一度きりの

不条理の人生を、楽しんで生きていきたい。


舞台に立って歌うことも、

子供たちに支援することも、

戦没者に思いを馳せて、涙することも、


私には、喜怒哀楽の人生の一つである。

偉くもないし、立派でもない、

ただ、縁あって行っている

今の自分が出来る事を継続して生きたい・・・

ただ、そう願っている。






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藤岡さんが亡くなる前のころ、毎日具合が悪いと、いっていた。

藤岡氏をプロデュースしている、木村氏は、それを、聞いていて

辛いといっていた。毎日、毎日藤岡が辛いと言うんだよね。


私は、今同じことを家族や木村氏に言っている。

具合が悪い・・・それは、酷い時は寝込むほどだが、

みかけでは良くわからないけれど、具合が悪いのである。


私は、体質的に、人の気や場の気を、モロに受けてしまう。

だから、具合が悪くなることが多い。

ある人から、良くも悪くもアンテナが高いんだね、といわれた。

アーティストの友人である。アーティスト同士だと、気や感などが

分かって貰えるから気が楽なんだけど・・・それでもどうしようもない

事実である。

体質だからといって聞かせるけれど、嫌になってしまう。でも、だからこそ

芸術に対して、敏感で居られる・・・・。

芸で舞台人として立つことを選んでしまった私は、

具合は悪いけれど、感性としては、役に立つのだ。

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