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★ 鶏が鳴く 東の国に 古に ありけることと
今までに 絶えず言ひける 勝鹿の 真間の手児奈が
麻衣に 青衿着け ひたさ麻を 裳には織り着て
髪だにも 掻きは梳らず 沓をだに はかず行けども
錦綾の 中につつめる 斎ひ子も 妹に及かめや
望月の 足れる面輪に 花のごと 笑み立てれば
夏虫の 火に入るがごと 港入りに 船漕ぐがごとく
行きかぐれ 人の言ふ時 いくばくも 生けらじものを
★ とりがなく あずまのくにに いにしへに ありけることと
いままでに たえずいひける かつしかの ままのてこなが
あさぎぬに あをくびつけ ひたさをを もにはおりきて
かみだにも かきはけづらず くつをだに はかずゆけども
にしきあやの なかにつつめる いはひごも いもにしかめや
もちづきの たれるおもわに はなのごと えみたてれば
なつむしの ひにいるがごと みなといりに ふねこぐがごと
ゆきかぐれ ひとのいふとき いくばくも いけらじものを
なにすとか みをたなしりて なみのおとの さわくみなとの
おくつきに いもはこやせる とおきよに ありけることを
きのふしも みけむがごとも おもほゆるかも
★ 鶏が鳴く東の国に、昔あったこととして今に至るまで
絶えず言い伝えてきた、葛飾の真間の手児奈が、粗末な
麻の衣に青衿を着けて、麻糸だけを裳には織って着て
髪さえも櫛で梳かす事もなく、履きもさえも履かずに歩いて
行くのだが、 錦や綾に包まれて大切に育てられた娘子でも
どうして、手児奈に及ぼうか・・・満月のように満ち足りた面差しで
花のように微笑んで立っていると、夏の虫が火に飛びいるように
港に入るために船を漕ぐように、寄り集まって男たちが言い寄る時に
どれほども生きてはいられまいものを、どうしようとしてか、わが身の
行く末をすっかり知り果てて、波の音の騒ぐ墓所に手児奈は臥している。
遠い昔の代にあったことなのに、昨日は見たかのように思われならない。
巻9-1807 高橋虫麻呂
今までに 絶えず言ひける 勝鹿の 真間の手児奈が
麻衣に 青衿着け ひたさ麻を 裳には織り着て
髪だにも 掻きは梳らず 沓をだに はかず行けども
錦綾の 中につつめる 斎ひ子も 妹に及かめや
望月の 足れる面輪に 花のごと 笑み立てれば
夏虫の 火に入るがごと 港入りに 船漕ぐがごとく
行きかぐれ 人の言ふ時 いくばくも 生けらじものを
★ とりがなく あずまのくにに いにしへに ありけることと
いままでに たえずいひける かつしかの ままのてこなが
あさぎぬに あをくびつけ ひたさをを もにはおりきて
かみだにも かきはけづらず くつをだに はかずゆけども
にしきあやの なかにつつめる いはひごも いもにしかめや
もちづきの たれるおもわに はなのごと えみたてれば
なつむしの ひにいるがごと みなといりに ふねこぐがごと
ゆきかぐれ ひとのいふとき いくばくも いけらじものを
なにすとか みをたなしりて なみのおとの さわくみなとの
おくつきに いもはこやせる とおきよに ありけることを
きのふしも みけむがごとも おもほゆるかも
★ 鶏が鳴く東の国に、昔あったこととして今に至るまで
絶えず言い伝えてきた、葛飾の真間の手児奈が、粗末な
麻の衣に青衿を着けて、麻糸だけを裳には織って着て
髪さえも櫛で梳かす事もなく、履きもさえも履かずに歩いて
行くのだが、 錦や綾に包まれて大切に育てられた娘子でも
どうして、手児奈に及ぼうか・・・満月のように満ち足りた面差しで
花のように微笑んで立っていると、夏の虫が火に飛びいるように
港に入るために船を漕ぐように、寄り集まって男たちが言い寄る時に
どれほども生きてはいられまいものを、どうしようとしてか、わが身の
行く末をすっかり知り果てて、波の音の騒ぐ墓所に手児奈は臥している。
遠い昔の代にあったことなのに、昨日は見たかのように思われならない。
巻9-1807 高橋虫麻呂